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後輩の話

コミティア111、お疲れさまでした。

怖い話好きの皆さま、いつもありがとうございます。
なんとなく気になって手に取って下さった方々、楽しんでいただけたでしょうか。
もし感想や要望などがあれば是非お寄せ下さい。

今回は、友だちやテーブルゲーム部の方々に協力してもらったおかげで、ゲーム関係のことで立ち寄ってくれたお客さまも多く、いつもとは違った交流ができて楽しかったです。

ひきつづき、ゲーム関係、アナログ・デジタル両方とも、少しずつラインナップを増やしていくつもりです。

いまのところ、5月に開催されるゲームマーケット2015春にむけて学校の怪談をテーマにしたカードゲームを製作中なので、完成の目処がついたら告知しようと思います。

なお、次回のコミティア112は、ゲームマーケットと日程が重なってしまうので、見送るつもりです。



新刊に描いた学校の話は、第1集に収録した「蓼科生活」に出てくる水泳部の先輩から、10年くらい前に聞いたものです。

霊感があるとか、オカルト事情に詳しいとか、そういう感じではないんですが、もともと不思議な話が好きみたいで、妙な事件があったときは事細かに所感をまじえて話してくれるので有り難いです。

この先輩と一緒のときに体験した、まだ寝かせてある話が1つ残っているので、そのうちマンガで描きたいと思っています。



関連して他に書くことあったかなと考えているうちに、同じ部活の後輩が「部室にお化けが出る」と言ってたのを思い出した。

当時の後輩は素行不良ぎみというか、関係者以外は使用しないプールサイドにあるトイレでタバコ吸ったり、ときどき部室の棚で布団代わりにジャージにくるまって寝泊りしたり、色々チャレンジしてみたい時期だったのだろう。

たしか、お互い卒業してからOBとして学校のプールに遊びに行って、部活が終わった後か昼休み「部室はゴキブリ出るからコンビニ袋しっかり閉じとかないと食べ物やばい」みたいな話をしてるとき、

後輩「ゴキブリ、夜はメッチャたくさん出てきて賑やかだよ。 でも、お化けも出るから、すげえ怖いの。」

「お化け? でも、イヤさで言ったらゴキブリのほうがイヤでしょ、気持ち悪いじゃん?」

後輩「ゴキブリはさ、生きているから仲間みたいなもんだよ、もう友だち友だち。 でも、お化けは全然違う、マジ怖かった。」

「どんな感じよ? 見回りか何かじゃないの?」

後輩「いや、体育科の見回りって、20時くらいに1ぺん来て終わりだから。 もっと夜遅く、女水(女子水泳部)のほうでゴソゴソやってる気配がして、ずっと一晩中うろついてるの。」

「音なんだ、人影を見たとかじゃないんだ?」

後輩「こっち来たと思ったら、ジャージかぶって隠れてるからわかんないけど、空気が変わるような感じ。 もう怖くてゴキちゃん達と一緒になって震えてたよ。」



「下着ドロとか、そういうのかな。 前に水着が盗られたとか騒いでたでしょ。」

後輩「いや、違うと思う。 あんなにずっとグルグル動き回ってるの絶対おかしいし、実際やばかった。」

「へー、そんなもんかね。 でも生き物とは違うって不思議、何かあるんだろうな。」

といったやりとりがあって、以降とくに新しい情報は出てこなかった。

そして、昭和な佇まいを色濃く残した、誰のものとも知れない私物まみれの部室も、2〜3年前にプールごと改装され、公共施設のロッカールームみたいな立派なものに変わってしまった。

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結局、部室のお化けの噂は広まることもなく謎のまま終わってしまったが、お化けらしきものと遭遇した感想を当事者の口から聞けたのは良かったと思う。

当の後輩は怪談などに関心が薄いのだけど、もったいつけず素直に感じたまま話してくれたおかげで、かえって生々しい印象を受けた。
直接的ではないけれど臨場感があって、実際そりゃ怖いかもな、と思える。

とくに「明らかに生き物と違う気配がした」というコメントは面白かったし、お化けをどういうふうに表現すれば良いか考える上でも参考になった。


【お知らせ】
不思議な体験談を募集中です。
報酬はお支払い出来ませんが、話を採用させて頂いた方には出来上がった本を献本いたします。
連絡先は下記のメールアドレス、blogのコメント欄、twitterでも結構です。
もし興味がありましたら宜しくお願いします。

mail










落下

通っていた小学校ではジャンボ遊びという行事があった。
三ヶ月に1回くらいのペースで土曜日に開催される小規模な文化祭みたいなものだった。

まず、クラスで班に分かれて遊びの企画を立て、
簡単なルール,持ち物,集合時間と場所を書いたポスターを作り、
図工室や音楽室などの特別教室に囲まれた芝生広場の壁に貼りだして一週間くらい前から告知する。

書いているうちに思い出してきたが、もしかしたら主に高学年が運営して低学年を楽しませる仕組みだったかも。
学年やクラスの垣根を越えて自由に交流できるイベントで、楽しみにしている生徒は多かった。

当日は、割り当てられた教室や校庭など所定の場所へグループごとに散らばって参加者を待ち、ある程度人数が集まったら遊びはじめた。
いくつ掛け持ちしてもよかったし、期待はずれだった場合は途中で抜けて、いつもの休み時間と同じようにクラスメートとボール遊びして過ごすのもありだった。

オリエンテーリング風の宝探しゲームや、ダンボールで剣や鎧を作るワークショップとか楽しかったな。
魚釣りゲームでは工作用紙で上手に作った魚を釣ったら貰えたりして嬉しかった。
自分は、凧や飛行機に絵をつけて飛ばしたり、お菓子の箱で怪物のお面を作ったり、模造紙を広げて一応すごろくになるように絵で埋めてくとか、そういうのをやっていた。



ある年、たぶん参加してた遊びがぐだぐだになったから、学校の裏にある森でザリガニ釣りをしていると、
何かのはずみでバランスを崩して池に落ちた。

よろけてる間、池の側と地面の側どちらも同じように思えて、
落ちる可能性が高まっていくのをぼんやり感じながら、
しまったと感じたのは状況が大きく変わった後だった。

さっきまで池を見下ろしていたのに、今は腰まで水に浸かりながら岸を見上げている。
ワープしたような不思議な気持ちになった。

時々、電車のホームや岸壁の端っこのように危険と隣り合わせの場所に来ると、落ちるときは落ちるから、いつもは自分を安全な側に留めているブレーキが不意に効かなくなったら怖いなと思う。 



何年か前に、千葉の和田浦にキャンプに行って、夜、堤防沿いを歩いていると、
友達が隣を歩いているからと安心しきっていたが、
角を曲がったときに、ふと足元をみたら内湾の端すれすれ、
歩幅がずれていたら10mくらい転落という角っこの隙間をまたいでおり、うわーと思った。

夏場はとくに油断しがちだから気をつけよう。

鬼が来た

小学校の低学年の頃の話。
休みの日にクラスメートの斎藤くんの家へ遊びに行った。
他にも同じクラスの友だちが2,3人呼ばれていたと思う。
たしか通学に使っていた丸の内線の駅から近いマンションで、どこの駅だか忘れたが、行くのは初めてだった。

全員がそろって遊びはじめると、お菓子やジュースを出してくれた斎藤くんのお母さんも用事で出かけてしまい、子供等だけで留守番することになった。

ボードゲームやったり、集めた消しゴム人形やシールを見せ合いっこしたり、みんなで遊べるレゴみたいなおもちゃで遊ばせてもらったり、
ふだん一人で遊ぶときは、おもちゃを出してきて並べて満足したら片付けるみたいな確認作業になりがちなんだけど、
それに比べて、兄弟がいる家の子は仕切り上手で、ちゃんと全員が楽しめるような遊び方をするから良かった。

皆わりと遠くから学校に通っていたせいで、地元の公立に通っている子に比べると、放課後に遊べる時間は短かったし、互いの家に集まって遊ぶ機会も少なかった。
だから、学校の休み時間と同じように遠慮なくドタバタはしゃいでいた。
大人数でいると皆どんどん調子にのるから、のぼせ上って奇声を発したり、ふざけて取っ組み合ったり、さぞかし騒がしかったことだろう。

突然ピンポンが鳴った。つづいてドアを叩く音。
斎藤くんとその弟は母親が帰ってきたと思ってガチャリと鍵をあけた。
ドアの前でわやわやわやと、何やら騒がしくしている。
他の子たちも異変に気づいて、きょとんとした顔でドアの前に立ちすくむ斉藤くんの方を見つめていた。

ここからの記憶は断片的で、実際どんなやりとりがあったか不明だが、覚えているのは、

玄関をふさぐように腰掛けて凄んでいる中年の女、
みんな正座させられて、延々罵声を浴びせ続けられた。
今まで接してきた大人の喋り方とあまりに異なっていたので、 
意味不明だったけど、ずっと似たようなフレーズが繰り返され、話が堂々巡りしている感じに気が遠くなった。
とって食われそうなくらい凄まじい剣幕に、まるで昔話に出てくる鬼婆のようだと思った。

タイミングを見計らって母親に電話で助けをもとめたが、
「どうしよう?どうしよう?」
と大泣きしながら、まったく要領をえない感じだったらしい。
その後、斉藤くんの母親から電話がかかってきて
「大丈夫でしたので、ご心配なく。」とのことだった。

どのように決着したかは分からないが、
帰宅した斉藤くんのお母さんが冷静に対応してお引取り頂いたのだろうな。
とにかく、この一件からマンションで騒いでしかられるのはもうこりごりだと思った。

渋谷駅の窓

小学生の頃はバスと電車を何本か乗り継いで学校に通っていた。

片道1時間以上、朝は6時23分のバスに間に合うように家を18分に出るとか、友だちと連れ立って登校したいから途中駅のホームで7時半までは待つとか、みょうに細かい数字まで覚えている。

学校の裏山にマラソンコースがあって、始業までの間そこを走って身体を鍛えることが推奨されていた。
運動は苦手だったけど、誰かに誘われたら一緒に行ってたと思う。
イチョウの根が道をまたいでるゾーンが好きだった。季節によってはヤマブキとかシャガの花が目に飛び込んでくる。
中でも印象に残っているのは、全校生徒にふみしだかれて粉々になった銀杏が長い間アスファルトにこびりついて臭っていたこと。
あとは栗饅頭みたいな形のとちの実が少々、どんぐりや松ぼっくりは見かけなかった。



朝礼とかも定期的にあったような気がするが、周りに流されて何となく動いていたから、具体的なことはまるっきり覚えていない。
いつもは古めかしい作りの講堂で行なわれる。
グラウンドで話を聞いた記憶もあるから天候によって変わるのかも。
高学年になって講堂の二階席に割り当てられたときは少し楽しかったな。

下校時は駅まで同じ方面の友だちと遊びながらダラダラ帰る。
学校の裏山は途中から公園になっていて、広場に噴水に遊具場、虫がいそうな植え込みやカードゲームやるのに好都合な東屋など、寄り道スポットが沢山あった。
けれども、学校(の周辺)に遅くまで残っていたり、買い喰いが見つかったりすると怒られるから、
皆そこまで羽目を外すこともなく、名残りを惜しむようにじゃれ合いながら、1時間そこそこで切り上げていたと思う。

最寄り駅からは丸の内線に乗り、赤坂見附で銀座線に乗り換えて、渋谷駅で降りる。
銀座線のホームは地下鉄のくせに駅ビルの上の方にあるのだが、
ある日、電車を降りたところで上品そうな身なりの小母さんから声をかけられた。

朗らかな笑みをうかべ、
「ボク、社会の窓が開いてるわよ?」
などと言う。

しゃかいのまど? はじめて聞く言葉だ。
ふと前方を見ると、駅前のロータリーを見渡せる白い木枠のガラス戸が。

・・・なるほど、一見なんの変哲もない窓だけど、きっと待ち合わせ場所かなにかで、特別な名前がついているんだな、「アモーレの鐘が11時をお知らせします」みたいなノリか、べつに教えてくれなくてもいいのにな・・・。

今でも渋谷駅の銀座線ホームに降りるたびに思い出す。
いまだにズボンの前の閉め忘れはよくあるけど、そのときは別に思い出さない。

お気に入りの靴などを含めて、 靴遍歴を聞かせてください。

※これは以前ザ・インタビューズにあげた内容です。 サービス終了前に保存しておこうと思い、すこし書き直してアップロードしました。

【質問】
お気に入りの靴などを含めて、 靴遍歴を聞かせてください。


【回答】
 はじめて靴を意識したのは、エアマックス95を口火に広がった第一次ハイテクスニーカーブームの頃で、僕は幸運にもフットスケープというモデルを手に入れることが出来ました。 ファーストカラーの青×灰は今でも気に入ってる配色です、存在感のある脇役みたいな立ち位置も好みでした。
 どうやら行きつけのスポーツ用品店が穴場だったようで、同モデルの黒×赤も購入、独りで悦に入ってました。

 高校から私服だったので、みんな好きな格好して通っていました。 とくに部活の仲間は誰それが何を履いていたか、今でも克明に思い出すことが出来ます。 運動部に属してる人は男女共にハイテク率が高く、ヤンキーはHARUTAのローファーかバンズのハイカット、オタクはプロケッズの運動靴が多かったです。

 次いでローテクの時代がおとずれましたが、あまりピンとこなかったので、間に合わせで買ったプーマのスウェード(黄緑×灰)を、汚れたら風呂場で石けんをつけてゴシゴシ洗って、ベランダで日向に置いて乾かすような、今では平然とやっていることですが、当時としては愛着を感じないがゆえの荒業でした。

 高校3年間ずっと水泳部に属しており、靴を脱ぎ履きする機会が多かったせいで、しばらくブーツやハイカットのスニーカーとは縁がありませんでした。 夏場はテバのサンダルやハリウッドランチマーケットで買ったデニム地の雪駄を履いていたと記憶しています。

 ちまたではアイリッシュセッターのワークブーツが全盛の頃、折り合いをつけるかたちでビルケンシュトックの黒いパサディナを買いました。 定価で2万7千円くらい、当時としては随分思い切った買い物でした。 革の手入れも知らず、今までのスニーカーと同じ感覚で酷使したので、アッパーの、縫い口ではなく折目から裂けて、駄目になりました。

 はじめてニューバランスを買ったのはM576のホワイトで、現行品と較べると少し光沢があり、かすかに青白く見えました。2年くらいで履き口がみすぼらしくなってきたので捨てました。 今考えるとまだ履けたのに、もったいないと思います。

 ややあって裏原の流れからBoon全盛期が訪れ、第二次ハイテクスニーカーブームの真っ只中には、サイズミックやポケットナイフなど、わざわざレディースカラーのメンズサイズを探してきては、仲間内でいい気になっていたものです。
 ただ、ハイテク系は新品の状態がベストで、履き込んでも汚くなるだけなので、せっかく買っても嬉しさが長続きしないのでした。

 アディダスのギャラクシー(赤×金)を衝動買い。 茗荷谷や小川町の公園でフリスビーやサッカーのパスまわしをするのが流行っていたので、動きやすいし汚れても気にならなくて、とても具合が良かったです。 それから徐々にやりたいことに合わせて服装を選ぶようになってきました。

 親戚から高島屋の商品券が送られてきて、使い道に迷っていたら、たまたま靴売り場に残ってたニューバランスのLM576UK(焦げ茶)を見つけて、買いました。 地味だけど、どんな格好にも合うし、汚れが目立たないので、最高でした。 これはボロボロになった今でも、釣りに行く時なんかに愛用しています。 気に入った靴を大事にすることで、シューグーやシューケア用品の扱いもだいぶ手慣れてきて、ほとんど捨てることが無くなりました。

※LM576UKの携帯クリーナー、8年くらい前のペットボトルのオマケ。


 なんとなくですが、自分にぴったりの物が見つかった刺激で、今までの経験が統合されて、流行に惑わされることなく身の丈にあった買い物をするコツがつかめた気がします。
 
 スニーカー以外は、ビジネス向けの短靴、かっちりしたドレスシューズも素敵なのはわかりますが、冠婚葬祭の他にあまり履く機会がないので、とくに欲しいとは思いません。 気になるのはポールハーデンくらいです。 あと、登山靴、メレルのWILDERNESSとか欲しいかも、ダナーでもいいです。

 現在よく履いてるのは、LM576UKの茶・M998の緑・CM990Lの黒、ビルケンの白い革のボストン、ChacoのZ1、あたりです。


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